卒業論文2017
2017年度は、以下の5本の卒業論文が提出された。
①「ソフト・パワーを再検討する:ソーシャル・キャピタルから生まれる平和的外交政策」は、ソフト・パワー論について、文化帝国主義、国民総幸福度、ソーシャル・キャピタル論の視点から再検討したものである。とくに、「ソフト・パワーについて外から見た評価と自国民による自己評価(国民総幸福度)」とのギャップ、および、ソフト・パワーとソーシャル・キャピタルとの連関性に着目して分析した点にオリジナリティーがある。考察の部分にもう少し分厚さがあれば優秀論文にもなれえた。
②「相似性から見る国家:戦前ドイツと日本の比較から」は、戦間期ドイツと現在の日本の経済状況、政治状況、社会の雰囲気を比較することから、この二つの「相似性」を検討するという野心的で興味深いテーマを扱った論文である。着眼点はいいが、テーマが大きい分、やはり歴史分析とその比較分析の考察に不十分さが残った感がある。
③★「日本の対米開戦期における政策決定過程:アリソンの第三モデルによる分析」は、日本の真珠湾攻撃決定について、NHKが近年入試した新史料なども駆使しながら、その開戦決定の本質についてアリソンモデルを使い切りこんだ論文である。先行研究も丹念に読み込んでいること、モデルを使った分析の有用性も示せている点が評価できる。ただ、モデルの修正まで踏み込めればさらに良かったであろう。
④「平和教育と平和博物館:沖縄の平和教育と沖縄県平和祈念資料館の連携」は、近年課題として浮かび上がっている、沖縄県における平和教育の方法について、平和博物館の活用という視点から提言した論文である。広島の原爆ドームや立命館大学国際平和ミュージアムなどとも比較し、さらに沖縄県内の現場の中学校教員にもインタビューしながら、沖縄県の平和教育における課題を指摘している。また、その解決方法を提言している点でオリジナリティーのある論文である。
⑤「北朝鮮ミサイル問題分析:全国紙と沖縄紙、宮古・八重山紙の比較から」は、北朝鮮ミサイル報道について、各地域の新聞の報道姿勢と論調を比較したという分析手法が興味深い。ただ、分析が新聞の紙面分析そのものに終始した感があり、国内世論やそれぞれの地域社会の世論の比較分析まで深く切り込めればさらに良かった。
各自の論文は、2年間のゼミを通して努力した跡が垣間見られた。優秀論文を決めるには昨年度と同様に非常に迷ったが、理論と実証を組み合わせる難易度の高いテーマに挑戦し一定の成果を出した点、また考察の深さから③の論文を最優秀論文とした。
卒業論文2018
2018年度は、以下の8本の卒業論文が提出された。
①「“小泉訪朝”という政策決定はなぜなされたのか ~アリソンのモデルを使った分析~」は、2002年の小泉首相の訪朝を分析する。なぜ首相が訪朝を決断したのかという「決定の本質」について、G・アリソンのモデル、とくに、第一モデルの合理的行為者モデルと第三モデルの政府内政治モデルから分析した論考である。おそらく、先行研究でこのような手法を用いた研究はないだろう。それゆえ、そこにオリジナリティーがあるともいえるが、一部の文献に依拠しすぎている部分がある。3年次からのゼミ論から発展している点は評価したい。
②「和解癒し財団からみる日韓慰安婦合意の再検討」は、近年、日韓の懸案になっている「慰安婦問題」について、その解決策を探ろうとする論文である。とくに、2015年に設立が合意された「和解癒し財団」をめぐる日韓政府の見解や日韓世論を双方の新聞資料にも丹念に目を通し、主張の食い違いを整理し浮かび上がらせている点が興味深い。
③「1973年の日韓関係に関する一考察 ~金大中事件の政治決着に焦点を当てて~」は、1973年の金大中拉致事件に関して、日韓の一次資料を丹念に収集し、日韓両政府がどのようにして政治的妥結に至ったのかについて考察している。日本側資料だけでなく、韓国ソウルの外交史料館にも足を運び、韓国側資料を取集し読み込んだ点を高く評価したい。
④「ソフト・パワーとスマート・パワーの再検討 ~変化と批判を中心に~」は、ジョセフ・ナイのソフト・パワー論がどのような形で修正発展しているかについて、英語論文の補足も行いながら論じている。政治思想的論文でもあるだけに、論者の考察の鋭さが要求される難しいテーマであるが、随所に、深い思考の跡が読み取れる。
⑤「“敵のイメージ論”から見た国際関係 ~日朝関係と南北関係の比較~」は、A・グラッドストーンの「敵のイメージ論」を修正し、社会心理学の集団葛藤モデルを導入することによって、日本と韓国の対北朝鮮イメージの差異を浮かび上がらせた労作である。韓国では北朝鮮に対して「敵のイメージ」を持ちにくいことを、理論的に実証的に解明している点にオリジナリティーが出ている。
⑥「ミンダナオ紛争における“日本の平和構築”の考察 ~紛争分析と支援分析から~」は、ミンダナオでの民族紛争解決に向けた日本外交の役割を考察している。多くの英文資料を読み込んでおり非常に努力していることがうかがえる。しかし日本外交を分析する以上は、英文資料よりも邦語文献資料を中心にして日本の政策決定過程にさらに切り込む必要があった。英文資料に時間がとられたのか、論文自体の分析の深さにおいて課題が残ったことが惜しまれる。
⓻「国連人権機関で問われる従軍慰安婦問題 ~クマラスワミ報告とUPR審査より~」は、複雑に糸が絡む慰安婦問題に関して、重要な“クマラスワミ報告”に立ち返り、これを国際社会や日本がどのように対応したかについて論説している。論証過程で「人権問題」としての慰安婦問題について深く切り込んでおり、再度考させられる内容となっている。
⑧★「北方領土、尖閣諸島、竹島と日本外交 ~対外政策変更理論による比較分析~」は、原稿用紙200枚ほどの分量の大作である。これほどの大きなテーマを簡潔にまとめ上げ叙述している点も評価できる。D・ウェルチの『苦渋の選択』における対外政策変更理論への批判と修正に成功している点がすばらしい。
各自それぞれの論文は、2年間のゼミを通して努力した跡が十分に垣間見られた。優秀論文を決めるには昨年度と同様に迷った。中でも、③⑤⑧の各論文は、それぞれ、オリジナリティーを十分に出していた。
理論と実証を組み合わせる難易度の高いテーマに挑戦し一定の成果を出した点、また考察の深さから⑧の論文を再優秀論文とした。